人工知能(AI)・ロボットによる職業置換、人類はついに自由を手にすることができるか


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人工知能(AI)・ロボットによる職業置換が懸念


近年、囲碁の棋士と人工知能の対戦により、人工知能はますます身近になり、現実味を増している。いやもはや現実味という言葉は遅きに失するだろう。ディープラーニングによりその勢いは流れに棹さすものとなり、未知・周知を含めて人工知能はすでに社会で活躍をしており、日に日に発展を続けている。これにより懸念されているのが、人工知能(AI)・ロボットによる職業置換である。


2045年ともいわれるシンギュラリティには、人間の代わって人工知能が世界を発展させるという。人間にできることは、人工知能・ロボットがより高クオリティーで効率的にできるようになる。既存の職業の多くは人工知能による代替が可能であり、職業が奪われるのではないかと懸念が噴出している。


人工知能による職業置換の話題に際して、

  • どのような職業が残るか
  • どのような職業が生まれるか
  • 雇用の確保はどうするか


という心配事ばかりが目につく。また便利になる一方で、人工知能が人智を超えることの「恐怖」も俎上に上がる。しかし僕は、人工知能による職業置換はチャンスなんじゃないかと思っている。人工知能に対する素養はないが、このパラダイムシフトといって差し支えない特異点に関して、僕の希望的観測ともいえる考えを記したいと思う。


社会はあまり多様性を認めていない


時代と共に多様性がさけばれる社会に変遷してきたが、現状として社会はあまり多様性を認めていない。要は多様性を認めても成立するようなシステムになっていないのである。

  • 自分の好きなことをしよう
  • 自分のやりたいことをやろう


自己啓発本の類には漏れ無く記述されているが、社会としては「そうなっては困る」のが本音だろう。皆が皆、自分のやりたいことをやると、社会は成り立たない。誰もやりたがらなくとも、誰かがやらなければならない仕事が数多くある。社会貢献・社会還元から「やりがい」として昇華されているが、そろそろ化けの皮が剥がれはじめている。主体性は本当に主体性か、正常性バイアスではないか。社会へのおさまりを見るからに、真ではないだろう。


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人類はついに自由を手にすることができるか


多様性を限定しなくても社会が機能するようになる


さて多様性を限定しなくてはならない社会の現状に、人工知能が穿つ。人類の多様性を犠牲にして成り立っていた役割分担は、人工知能が担えるようになる。もう誰かが好きなこと、やりたいことを押し殺して社会に適合しなくとも、人工知能が席を埋めてくれる。もちろん全てではないが、残りの席には本当の「やりがい」が顕現するだろう。職業置換を阻止する方向に施策が取られなければ、多くの人類が解き放たれる。実にこの一連の流れが懸念されているわけだが、逆にチャンスだと考えることはできないか。


人工知能(AI)・ロボットによる職業置換はチャンスだ


前述の職業置換に懸念の方向で十分施策がされるのであれば、社会と多様性のしがらみにおいて特異点とはならないだろう。勾配は上がるものの、これまでの推移の延長線上に留まると考えられる。無論非常に良い傾向ではあるが、人類は千載一遇の好機を逃すことになる。職業置換によって、個人の経済状況や物流、消費形態を大きく変えることなく社会が成立するシステムとなれば、人類はついに自由を手に入れることができる。これまでと同等に収入が確保され、経済活動に支障がない形で職業置換がなされた場合、一定規則の従って働くことを伴う生き方の一辺倒ではなく、より多様な生き方を選択できる人が圧倒的に増える。


社会の大部分は人工知能が構成・機能させ、人間が監督する。人工知能が苦手とし、人間が得意とする分野は人間が担う。社会が従来のように機能するために必要となる人数は、比べ物にならないほど減少する。社会がうまく機能しているのならば、他の人間は多様な生き方を選択できるという鳥瞰図・青写真である。前提は上記の通りだ。


問題はどのように自然なかたちで人工知能による職業置換をするか、どのような収入形態を適用するか、大きく括るとどのように秩序を保つのかだろう。非常に難しいことだ。もう一度言うが非常に難しいことだ。しかしパラダイムシフトなのだ。議論になって然るべきではないかと思う。


希望的観測に留まるのか


とはいうものの僕は人工知能に詳しくない。具体的にどうすればよいかはまだ見当がつかないので、観念的なイメージに留まるが、「機能性手袋を手にはめて仕事を行う感覚」で人工知能による職業置換が行われればどうだろうと考える。例えば「はめればタイピングが10倍速になる手袋」を用いて仕事に取り組むとする。通常業務のうち、従来はタイピング作業が3時間にのぼっていたが、機能性手袋によって20分で終わるようになるとする。結果2時間40分の空き時間ができる。これを大規模にするとわかりやすいだろう。人工知能に比べれば大仰な例とも言い切れないだろう。


だがそんな単純な話ではない。余剰な時間・人員ができたならば、作業量を増やすこともできれば多方向・他分野を開拓することもできる。成長に拍車をかけれるが、劇的に多様性が認められる社会とはならないのである。また従来の成長率を良しとしても、秩序の問題がある。社会から解放された人々は秩序を乱すことなく自由に興じれるのか。人工知能の台頭を「恐ろしい」と表現するのと同様に、社会性が薄れた人類は「恐ろしい」。


おわりに


同方向に向かうのであれば、数万人が重い腰を上げ、膨大な時間を議論に費やす必要があるだろう。そうでなくとも、人工知能の活躍と職業置換の辻褄合わせに、これから慌ただしくなると予想できる。社会のシステムは刷新され、便利になっていくだろうが、どうしても懸念・心配などネガティブな話題もつきない。そんな中で職業置換は人類が自由を手にするチャンスではないか、というポジティブな観点で考えてみた。まだ実感もわかず、想像も散漫だが、だからこそまだ進路を決めつけるのは早計だとも思う。未来が楽しみだ。