論理的に幸せになる方法~幸福心理学~導入



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幸福心理学とは

現代まで、幸せについては様々な研究、思考がなされてきました。脳内でどのようなことが起こっているか、セロトニンがどうとか、ドーパミンがどうとか、追跡調査により人とのコミュニケーションが大切だとか、〇〇心理学によれば、どのような考え方が良いとか。最近ではアドラー心理学が人気ですね。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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研究結果を知ったとして、どれほどの人が実践し、効果を得られているかは疑問が残りますが、皆が幸せを求めているのは自明でしょう。


そこで、科学的見地からではなく、論理的にどのように考え、行動すれば幸せになれるかについて論じたのが幸福心理学です。


各心理学に近い立ち位置ではありますが、既存の心理学の概念を前提条件にしない点では畑が違うとも言えます。


ここまで読んで、「幸福心理学?聞いたことないな…」と、検索した方もいるかと思いますが、徒労でしたね。


なにしろたった今僕がつくったのですから(笑)


これは僕の幼少よりの愚考であり、「学問の創始ってかっこ良くない?」という中二病的思考です。


しかし、僕はこれを実践して、加速度的に幸せになっていると実感しています。それにまだまだ発展途上なので備忘録と研鑽を兼ねて記事にしたいと思います。ぬるい目で見守ってくれる方は読み進めていただけると幸いです。

幸せの正体

科学的見地では脳内物質がどうとか、その脳内物質が分泌されるにはという話になりますが、そういう話ではありません。無論、宗教やセミナーなど、そういうたぐいのものでもありません。


幸福心理学では、幸せは主観であるとします。


これは当然のことで、何に対して幸せを感じるかは個人に依存するからです。ある事象に向き合ったとき、幸せに感じる人もいれば、幸せに感じない人もいます。


ジャマイカのレゲエミュージシャン、ボブ・マーリーの名言にこんなものがあります。

雨を感じられる人間もいるし、
ただ濡れるだけの奴らもいる。

つまり、より多くの、世界のあらゆる事象に対して、主観で幸せに感じる対象を増やすことができれば、人生における幸せのパーセンテージは上昇します。また、現状が不幸であるならば、そこから転じるために行動することも、幸せに感じる対象を増やすことにつながります。


幸福心理学では、この主観で幸せに感じる対象を増やすことオセロといいます。(いい感じの中二病感ですね、非常に良いです(笑))


勿論、このオセロは横の広さの話になります。実際はもっと複雑な構造をしていますが、荒削りとして簡略化をしても良いでしょう。


続いて、横の広さに加えて、縦の深さも大切です。一つの事象に対してどれほど幸せに感じるか、幸せの強度の話になります。


縦の深さに関しては、幼少の経験や培われた価値観が大きな要因となり、意図的な増減はオセロと比較して難しくなります。具体的な方法は後々小出しにしていきます。抽象的に例を挙げるならば、良いとこ探しですかね。


幸福心理学では、この、個々の事象での幸福度上昇を、ボーリングといいます。(やはり良い(笑))


今後の展開としては、このオセロとボーリングを施行するにあたって、どのように考え、行動すれば良いかを思考していくことになります。


(用語については茶目っ気なので今後の記事での登場はあまりないと思います(笑))

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どの時制の意思を尊重すべきか

例えば人生の岐路に立たされたとき、こういう言葉を聞いたことはありませんか。


「この選択をしてよかったと思える時が必ず来るから!」


僕の担任の教師も良く口にしていた言葉です。そして往々にして、本人の意思とは違う選択を迫る場合に使用されます。


人は選択を迫られたとき、3つの時制に価値観をおいて吟味します。

  • 過去の意思
  • 現在の意思
  • 未来の意思

過去の意思、つまり幼少からの夢や培った経験、後悔などですが、これに関しては現在の意思の判断材料と言い換えることができるので現在の意思に統合されます。現在の意思を考慮せずに過去の意思を尊重する場合はあまり想像がつきませんね。これは思考不足な感があるので後々訂正するかもしれません。許嫁と為す術なく結婚する場合などはこれに適応されるのでしょうかね(笑)。

  • 現在の意思
  • 未来の意思

上記の考慮をして、整理するとこの2つの意思となります。ではどちらの意思を尊重すべきでしょうか。重要なのは、幸福心理学では幸せは主観であるとしていることです。つまり選択する時に自分がどのような価値観を有しているか、今の主観であるところ現在の意思を尊重します


現在の意思をないがしろにして、未来の意思を尊重した場合、どのようなことが起きるかというと、必然的に「この選択をしてよかったと思える時」または「この選択をしなければよかったと思う時」が来ます。しかし、選択をした時点の意思はないがしろにされています。「この選択をしてよかったと思える時」は選択時での「未来への打算」であり、ないがしろにされた現在の意思への「補完」となります。選択時の現在の幸福度を切り取ると、低い値を示します。


現在の意思を尊重した場合でも、一般的に同様に「この選択をしてよかったと思える時」または「この選択をしなければよかったと思う時」が来ます。同じことじゃないかと思うかもしれません。しかし幸福心理学では、「この選択をしなければよかったと思う時」は来ないのです。なぜなら、幸福心理学を実践している限り、主観で回避できるからです。寡聞の際は選択を誤ったと判断する範囲が、オセロにより減少します。また、選択を誤ったと判断した場合にとれる行動の選択肢が増えます。この辺はまた後々記事にしようと思っています。


よって幸福心理学では現在の意思を尊重します勿論これは個人の力だけで判断するということとは全く違います。様々な人の話を聴き、情報を集め、よく吟味した上ので現在の意思により選択するということです。他人の意思による未来への打算との判断がつきにくい場合もあるのでよく考えることが重要です。


しかし、気づいた方も多くいるかと思いますが、これには前提条件が存在します。それは幸福心理学を実践している、特にいわゆる「勇気付け」がされていることです。これは別の心理学のものでも有用です。幸福心理学全域については、現在の意思を尊重した場合に前述の通り自明ですが、なぜ「勇気付け」が必要かというと、未来の時点で選択した時点を振り返ったとき、「あの時の自分が、自分の主観で選択したもの」に対して信頼がおけないと、未来の時点で後悔が生じてしまいます。理論的には未来の自分のほうが過去の自分よりを様々な点で凌駕しています。この時、勇気付けがされていないと生産性のない後悔を生むことになります。


以上は理想論であり、実際はある時点から一瞬にして完全に幸福心理学や勇気付けが適応されるわけではありません。なので現実にはグラデーションが生じるということを心に留めておいてください。

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幸せになるためにすべきこと

幸せは主観です。あらゆることに対して幸せを感じるためになにをすべきか。今回は導入なので抽象的なことが中心になります。


なにも喜びだけが幸せではありません。何かに感動して涙を流しているときも、幸せに感じていませんか?


人は様々な感情に対して幸か不幸か無関心かの線引をしています。思い当たる節があるでしょう。幸福心理学ではこの無関心にあたる部分を幸に変えていきます。


感の良い方、ここでオセロには2種類あることにお気づきでしょう。感情など内部に対するオセロと世界の事象など外部に対するオセロです。


感情に対して、例えば「人が逝去して悲しい」という不幸な部分まで幸に変えることは目的としていません。これは社会の秩序を乱すことにつながりますし、それは自分にとっても不利益になります。


一方、世界の事象に対して、例えば「雨の日」という不幸を幸に変えることに関しては、これはオセロの範疇となります。


この相乗効果を用いて「世界が自分にとってよりよいものになること」を、自己の主観を考え、変えること、つまり自分が変わることによって目指します。そしてボーリングによって、よりそれぞれを楽しめるようにしていきます。


感性や感受性といったものを磨く、と言い換えても良いでしょう。


今回は簡単にこのへんで、具体的なことは後々記事にしようと思います。

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まとめ

幸福心理学は「幸せは主観である」というところを出発点にし、世界に幸せと感ぜられる対象を増やし、また個々の幸せの度合いを深めるために、どのように考え、行動すれば良いかを考える学問です。(学問って言っちゃったよ(笑))


そのために勇気付けをして、現実の意思を尊重し、感性や感受性を磨きます


自分の人生が、この今が、世界が、よりきらきらして幸せであふれるにはどうすればよいか、これから、より煮詰めていきます。