科学的根拠っていうけれど、じゃあ科学は何を根拠にしてるの?



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科学の信頼性


僕達が何事に対しても、無意識的な安心感をもって日常生活をおくれる要因の一つに、「科学的に証明されている」ということがあると思います。


例えば、処方された薬を飲むとき、科学的に効能が証明されていて、副作用なども考慮された上で製造されているという信頼があるからこそ、僕達は躊躇無しに薬をのむことができます。


世界中の大部分の方は、この科学的根拠に体を預けていると思います。それはとても自然なことですし、それによって生じる支障は、得られる恩恵と比較すればゼロにも等しいでしょう。


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科学の範疇


ただ、科学的に解明されていないことが多いのも事実です。いわゆるハードプロブレム、クオリアや哲学的ゾンビ、夢を見る理由や麻酔の原理。全体像として解明されていないものは山程あります。


科学的に解明されていないことには2種類あると考えています。

  1. 現代の技術では解明できないもの。
  2. そもそも科学の範疇ではないもの。


1は今後解明される可能性があるものと言い換えることができます。実は2に関しても、科学の範疇が広がることを考慮すれば、同じように置換できるのですが、1に比べると確率が低いことは想像に難くないと思います。


科学の範疇と書きましたが、その外は何かというと、森羅万象です。森羅万象の中に人間が科学で説明できる範疇が存在しているという認識です。


森羅万象の一部分が科学で説明ができる。では、科学は何を根拠にしているのでしょうか。

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科学は何を根拠にしているのか


慣性の法則を例にしてみましょう。停止している車に乗っている人間は、当然ながら静止しています。車が急発車すると、乗車している人間は後ろに引っ張られるように感じます。また、走っている車が急停止をすると、乗車している人間は前のめりになります。これを科学的に解明すると、「すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける。」となり、慣性の法則として提唱されています。


では、なぜ「すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける。」のでしょうか。何を根拠にそう言っているのでしょうか。


答えを一言で言うならば「経験則」です。「この状態でこうすればどうやらこうなるらしい」ということです。そういうふうにできてる、こうなっている、そういうふうに説明することしかできない。こうして観測されたものを、科学は礎にしているのです。


なぜ運動量は保存されるの。なぜ質量を持つ物質の間に引力が生じるの。考えてみれば、科学的根拠の行き着く先はいつも曖昧なものです。我々の観測可能域に関して、そういうふうにできてるとしか言いようがありません。ここで線引されるのが科学の範疇です。


観測域が広がり、例えば仮説上の素粒子が発見されたとしても、「じゃあなんでその素粒子があるとそうなるの?」と問われれば、「そういうふうになってるの!」としか言いようがありません。つまり、科学的な根拠の行き着く先は、いつも観測に基づく経験則になります


経験則そのものに合理的な説明はできませんし、合理的な説明ができなくても、科学論理として取り扱うことができるのです。なぜなら、我々の観測可能域においては問題なく、そういうふうにできているのですから。


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科学の範疇外について


ここまでくればもう1つ疑問が湧いてきます。それは、「科学の範疇外についてはどのようになっているのか。」です。とりわけ、人類がその人智を尽くして、科学、哲学をもって挑んでも辿りつけない問題の答え、これがその観測の範疇外にはあります。少なくとも現代においてはですが。クオリアをはじめとする諸問題の答えがそこにはあると思っています。


それではこの範疇外を知るにはどうすれば良いのか。観測の範疇内にいれればよいのです。観測というからには、観測者が存在します。観測の範囲は観測者によって決定されます。


これまで人類は、科学の範疇内の観測者を用いて、科学の範疇外を観測してきました。観測されたこれまで範疇外だったものは、これからは範疇内のものになります。これを繰り返して、人類は科学の範疇を広げてきました。用いられた「科学の範疇内の観測者」は時に機械であり、時に人間の思考です。


機械を用いて地道に範囲を広げるのか、はたまた人間が突拍子もないことを思いついて、飛躍的にある問題の答えに辿り着くのか。自分が生きている間に、科学の範疇がより拡大されて多くのことが分かるようになっていることを願いつつ、願わくば自分も観測者でありたいものです。


※僕は科学、哲学に関してとりわけ詳しい専門的な知識を有しているわけではありません。稚拙な部分はご容赦ください。