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強行手段は途上的か

時事

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フィリピンで麻薬容疑者400人射殺、これを受けて57万人が出頭


www.sankei.com

警察が400人を超える違法薬物の容疑者を現場で射殺。恐れをなした薬物中毒患者や密売人ら約57万人が当局に出頭するなど、取り締まりは一定の成果を上げているが、人権団体からは“超法規的殺人”との批判が上がっている。


死刑制度を廃止しているフィリピンにて、違法薬物の容疑者をその場で射殺。この強行手段に超法規的殺人、冤罪や打ち間違えが懸念されている。


強行手段は途上的か


罪より重い罰をもってこれを抑制する強行手段は、途上的と捉えられる。日本の感覚でいえば「子どものやること」、議論の末の熟考によって行われるべきで、罪に対して相応の罰でなければならないのが常。しかし根絶という側面から見ると、この考えでは容易でない。例えば注意で済むからこそ、未成年の喫煙も飲酒もなくならない。学校によっては厳罰に処する場合もあるが、見つかれば怒られるだけという意識の元、隠れて喫煙・飲酒をする。もし就学中の未成年者の喫煙・飲酒が発覚した場合、一律で退学に処することにすれば、これはかなり減るだろう。未成年者の喫煙・飲酒は一例であり、実に強行手段なわけだが、本当に大事なことであれば、根絶に一歩進むために一考する必要があるだろう。秩序を保つための罪の裁定に加えて、その後の影響も考慮して、罰の適用範囲とすることも視野に入れても良いのではないか。固定観念から強行手段を途上的と位置付けている限り、根絶はない、または果てしなく時間がかかるように思われる。その間に失われるものとは。