アウティングに備えて周りができることはないか



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同性愛を暴露され、苦悩の末・・・死


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一橋大学ロースクールに通っていた男性(当時25)が、校舎から転落して亡くなった。仮名をAくんとする。彼はゲイであることを同級生にばらされ、苦しんでいた。


同級生に同性愛を暴露され、苦悩の中で転落死。非常に凄惨な出来事である。同性愛の暴露、自ら告白する「カミング・アウト」ではなく、勝手にばらされる「アウティング」がトリガーになったのは間違いないが、本当にさわりはアウティングであったか。


アウティングに備えて周りができることはないか


人の価値観は多様である。ゆえに同性愛に対しても、肯定的な意見もあれば、否定的な意見もある。周知・理解に向けての活動が活発化している性的マイノリティー「LGBT」であるが、ゆえんはこれまでの一般的な価値観とは違うことに他ならない。すなわち残念ながら同性愛がアウティングした際に、所属するコミュニティで否定的な意見が多数決されることも、往々にあると考えなければならない。


あまり好きではない言い方だが、日本人は多数決に弱い。過半数がこれに否定的な意見を主張すると、周りは例え肯定的や中立な意見を持っていても、同調してしまう場合がある。また同じマイノリティーでも、ノイジー・マイノリティーという厄介なものもある。つまりアウティングの際に、当人が表面上孤立してしまう状況は、実際の価値観の分布から想像されるよりも多いだろう。


であれば、価値観の孤立を打破する当人の価値観の生成・確立が必要になる。しかし一人でこれを成すのは容易ではない。別のコミュニティでの「それでいいんだ」という抱擁が不可欠だろう。率先すべきは家族だろうが、今はインターネットで同じ価値観を有する人たちが、互いを分かちあい、交流することができる。たとえ理解はできなくとも周りがいち早く気付き、肯定的な情報が得られる場所に導くことも当人のためになるだろう。アウティングだけを問題視すれば、全体としての前進は僅かなものになるだろう。