卒業式の強制スクロール的な感覚



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今週のお題「卒業」


お題が卒業ということで、卒業式のことでも書こうと思って、自分の小学校・中学校・高校の卒業式を思い出していると、「そういえばこの先、もう卒業式はないんだ」と気付いて空を仰ぎました。大学の卒業式があるはずでしたが、辞めちゃいましたし(笑)。


卒業式に戻って思い出し、感情を再現してみたのですが、3回の卒業式に共通する感覚が見つかりました。どんな表現がふさわしいだろうと少し考えてみると、「強制スクロール」という言葉がピンときました。強制スクロールとは、ゲームにおいてプレイヤーの操作に関わらず画面が一定の速度で移動していく演出で、戻ろうと思っても今の画面外には戻れず、進もうと思っても今の画面外には進めない、という手法です。


卒業式といっても、会いたい人には会おうと思えば会えるわけで、人との付き合い方は変わるものの、人の関わりというよりは、「学校生活」に惜しみを感じるように思います。そこで、「強制スクロール的な感覚」です。


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卒業式の日、僕は泣くタイプではありませんでした。でも別れは惜しいし、学校生活も惜しい中で、卒業式の真っ只中よりは卒業式が終わった後の、みんなあまり帰りたがらない雰囲気の中で、それでも最後の会合を楽しむ雰囲気が好きでした。そのとき、いつも何かを取り逃しているような、何かを置き忘れたような、何かを忘れているような感覚の中で漂っている自分がいます。ちょうど宝箱が見えているのに、強制スクロールでもう取れないような、何か隠し扉のようなものが見えたけれど、強制スクロールでもう戻れないような、そんな感覚です。


少し靄がかかって、浮遊感を伴い、ゆっくりなようではやく流れる時間。強制スクロール的な感覚、嫌いじゃなかったりします。ゲームだと苦手ですが(笑)。でももう卒業式はありません。これからある出会いも別れも、卒業式とは違った性質だと思います。もうあの感覚は味わえないのかなあ。書きながら、惜しくて仕方ありません。そんな、卒業式の強制スクロール的な感覚でした。