薄っぺらい記事は悪か~読まれる記事は薄っぺらい?~



スポンサーリンク

ネットで記事を読んで、その記事に対するレスポンスを見ていると、ときたま「薄っぺらい記事だな」との評価を下しているコメントを目にします。たしかに、仰々しいタイトルで煽って中身がすっからかんだったり、既出情報を我が物顔でかつ掘り下げずに記事にしているのを見ると、薄っぺらいなあと思うのも頷けます。ですが、記事の内容が薄っぺらいこと自体が悪かというと、そうではありません。


なぜなら、その記事は誰かにとっては初見の情報であり、有益な情報でもあるからです。例えばアロマオイルについて専門性・網羅性がある大作とも呼べる記事がすでにあったとして、アロマオイル初心者に向けて情報を希釈し、とっつきやすい部分のみで短い記事を作ったとしても、これを攻める人はいないでしょう。無論、パクリやコピペはいけませんが。もう一方向から例を出すと、注意喚起の記事なんかはいくつあってもいいはずです。情報が薄かろうと、知ってもらってなんぼな情報が確実にあります。


同じ構造で、「ニラとスイセンを見間違えて食べると食中毒になるので注意してくださいね~」というツイッターにでもかけるような一行程度の記事でも、注意喚起として十分体をなします。これをきっかけに、どんな毒があるんだろう?見分け方はあるのだろうか?どんな症状がでるんだろう?など調べたい人は調べればいいですし、とりあえず情報をゼロからイチにする意義があります。


なぜ薄っぺらい記事が往々にして批判されるのかというと、その記事が評価されているまたは評価されるべき体系の中にあるにも関わらず、記事の内容がその評価に見合っていないからです。大仰なタイトルも「自己評価の体現」ですし、読者からすると期待とのギャップで、マットポンプ的に薄っぺらい記事になります。


では正当な評価を得るために、記事を書く際に何を注意すべきか、上記から以下の点が考えられます。

  1. タイトルは内容に沿うようにつける
  2. 然るべき場所に書く(媒体の評価に沿う内容を書く)  
  3. 買いかぶりの防止(進度・深度の高い記事へのリンク、参照の表記)
  4. 自然発生外の評価を抑制する
  5. 読解力不足による批判は割り切る・改善の参考にする


「釣り」と呼ばれるような大げさなタイトルをつけるのをやめ、期待に見合う情報量を提供し、記事の立ち位置を示すことで、「正当な評価がなされて然るべき記事」にはなります。ま、読者の多くはすみからすみまで読解力を携えて読むわけではないので、「正当な評価がなされて然るべき記事」であっても多くの人の目に触れると、どうしても批判がでます。そういった批判はいわれない批判ですので割り切ってもいいですし、より分かりやすい内容へ改善するのに参考にすれば良いと思います。ただしある程度の読解力を読者に期待しなければ、その記事は「薄っぺらい記事」または「間延びした記事」へと舵を切ることになります。


このブログははてなブログですので、少しそちらにステアリングします。はてなブログとはてなブックマークを取り巻く互助会問題にも、この構造が見られます。

はてなユーザーの一部で行われているとされている、はてなブログの記事を互いにブックマークしあったりする動き。(互助会とは - はてなキーワード)

個人ブログという何を書いてもいい(一般良識の範囲内であれば薄っぺらさは問題にならない)場所にも関わらず、ブロガーの交流という「自然発生外の評価」によってシステム的に、はてなブックマークという「評価されるべき記事が集まる体系」に載ってしまい、このギャップが薄っぺらい記事への批判を生みます。もちろんこの互助会問題の根幹は「作為的かどうか」ではあるのですけれども、単純に「利用しているサービスに不適当なものが紛れている」くらいの立場での批判も度々見受けられます。はてな側がかたくなにアルゴリズムをそちらの方向に変えない現状を見るに、「評価されるべき記事が集まる体系」というのは一部のユーザー視点に過ぎないとも考えられます。一方でユーザーの求めるサービスと、自社サービス(はてなブログとはてなブックマーク)の扱い方との葛藤とも見られます。


閑話休題。記事を書くにあたって、「読まれる記事」を意識するならば、ある程度薄っぺらい記事をかくべきです。薄っぺらいという表現にネガティブなイメージがあるならば、程よい濃さと言い換えましょう。はじめからこれで良かった気がしますが(笑)。カルピスで例えるなら、薄いカルピスが好きな人も、原液に近い濃いカルピスが好きな人もいるでしょうが、大抵の人はちょうどいい濃さが好きなはずで、公式では5倍希釈とされています。よほど関心がないと、内容が濃く、情報量過多の記事は読む気になれません。サラッと読めて要点が押さえられている記事が、多くの人に読まれるのだと思います。


注意喚起もかねて、先日の記事を例にしてみます。


www.ikashiya.com


この記事は食中毒への注意喚起となっていますが、文字数は1万字程度と情報量過多となっています。総括だけでも2500文字と、明らかに「読まれる記事」にはなっていません。なぜならすでに読まれる条件を満たした情報量の記事は他にいくらでもあり、同時期に食中毒が話題になっていてそのような記事が乱立していたことから、きちんと情報量を盛り込んだ記事にしようと思ったからです。・・・。自分の書きたいことを詰め込む、いつものことです。

食中毒の原因となる細菌やウイルスをはじめとする病原微生物は、水分・適度な温度・栄養素の3つの条件が満たされると増殖します。満たされなくても菌によっては生存可能で、3つが満たされた状態になると再び・・・(中略)・・・保存に際して塩を足してあげたり、材料過多だから酢を使ってマリネや酢漬けにしようなど、保存を考えた味付けをしてあげると有効です。(2000文字)


これを要点だけ抜き出して箇条書きにしてみます。


・細菌は「ぬるい温度」で増える
・大量調理で余ったものは小分けにして早く冷えるようにして急冷し、速やかに10℃以下で保存する
・「水は保存の敵」― 出来るだけ水分を少なくして保存する
・しっかり再加熱
・食品毎に保存方法の確認
・調理の際は温度に注意 ― 高すぎる温度で調理すると中に火が通る前に表面が焦げる
・味付けの工夫で保存性を高める ― 保存する場合は塩分濃度高め、酢やオイルを有効に使う
・適切な衛生観念を持つ ― 包丁やまな板を肉・魚と野菜で分けるなど


総括にしても、箇条書きにしてしまえば200文字程度ですし、これに少しだけ情報を付加してあげると、読みやすく読まれやすい記事になると思います。ただしオリジナリティは皆無ですので、新聞など主要メディアで書くにはいいかもしれませんが、個人ブログで書く意義はあまりないと個人的には思っています。誰に向けての記事かによって、情報量が変わってくるように思います。ただし「正当な評価がなされて然るべき記事」を満たす条件の範疇でないと、薄っぺらい記事の烙印を押されます


上の記事は、セクションによって情報を向ける相手を変えていました。


f:id:ikashiya:20170422215707p:plain


詳細な情報は飲食店に関わる人へ向けて、家庭で料理する人には総括でさらっと、つくりおきをしている人にはよりさらっと注意喚起をと思い、冒頭で目次を示し、読みたい場所まで飛ばしてくださいと表記して、情報を向ける人の範囲を広げた記事にしました。同じ記事内に薄い情報と濃い情報を混在させて、読みたい人が読めるように導線をつくるのも手だと思います。


と、この記事も3000字を超えてすでに多くの人が離脱しているかと思いますので、このくらいの濃さでひとつどうでしょうか(笑)。薄っぺらい記事が悪なのではなく、評価されているまたは評価されるべき体系の中にあるにも関わらずそれに見合った内容に達していないから薄っぺらいと批判されるということと、薄っぺらい記事にも意義があるということと、読まれる記事には程よい薄さが必要だという内容でした。どの面下げてという感じですが、読みたい人に読んでいただければと思います。