読書のアフターケア


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読書は宇宙旅行だ。見たこともない素晴らしい景色を見ることが出来る。だがそれは宇宙のほんの一部にすぎないことも忘れてはならない。そして宇宙旅行のあとは筋力が低下している。素晴らしさを噛み締めながら、トレーニングに励まれたし。



と、誰かが言いました。



ま、僕なんですけれど。


単に知識の吸収ではない読書を行ったときは、アフターケアを意識するようにしています。元来答えがないものについて、イチ主張を記した本は特に注意が必要で、本は新しい指針を示してくれますが、常に正しいとは限りません。ここでいう正しくないとは、全く見当違いの場合もあれば、着地点だけ違うとか、条件が少し違うと言った場合もあります。何れにせよ本に書かれた指針が、いつも自分にばっちり適用されるとは思わないほうが良いと思っています。


読書をした直後は、「新しい知識や知見を得て良い状態」であるというよりは、「新しい知識や知見に凝り固まった危ない状態」と捉えます。読書で新しく得たものが悪いわけではなく、大いに生かすことができますが、それが思考のど真ん中にある状態は、むしろ危険じゃないかと思っています。情報とは一定条件下でしか正当性を獲得しえず、その条件が全読者に備わっているわけではありません。むしろ微妙に違うことが大半というか9割9分で、それぞれに適用できるように、落とし込まなければなりません。


自己啓発本やビジネス本がまさにそうで、答えがないまたは複雑なものに関して、一定条件下での知見が記されています。正直タイトルだけのものや、目次だけ読めば内容を把握できるものも多く、ベストセラーの多くは読む価値がないと揶揄されます。そんな中で割合としては少ないですが、人生の展望を大きく変えるような偉大な本も多くあります。良い本に出会った時に、その内容を最大限自分のものにするために、読書のアフターケアはかかせません。


具体的なアフターケアの一例として、次のようなステップが考えられます。

  1. 論に正当性・妥当性があるか(結果ありきの着眼ではないか)を確認する
  2. 自らとの前提条件の違いをピックアップする
  3. 論を”公式”にモデル化し、自らの条件を代入して結論を導く


まずは書かれている内容について、本当にそうかを考える必要があります。本文には書かれていない条件まで考慮しなければ結論が導けない場合や、結果ありきでサンプルの選別をするなど、考えを進めていく上で結論が導かれたのではなく、示したい結果に合わせて論を進めている本も多く見られます。これらは非常に危険で、凝り固まった結論として念頭に置いてしまうと、ありもしないベネフィットを求めて五里霧中をさまようことになります。


論の妥当性が確認できたら、自分の環境における条件の違いをピックアップしておきます。あまりに条件が違う場合、その論は意味を成しません。少なくとも今は、ですが。続いて、自らの条件を当てはめて結論を導くために、論をモデル化します。「具体的な条件下での結論」から、「結論を導くための公式」を考え、その公式に自分の条件を代入して結論を得ます。もともとモデル化されている場合は妥当性の確認だけすれば即ツールとして使用可能で、良い書ですね。


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読書のアフターケアとして記してきましたが、読書だけの話ではないですね。インターネット上の情報なども、読解力を持って読み、確認を怠ること無く自分に落とし込みたいものです。


自己啓発本やビジネス本は、アフターケアをしない場合にデメリットが生じるのでさわりに添えましたが、個人的にはフィクション・ノンフィクション問わずストーリーのあるものや、詩など行間があるものにより一層のアフターケアをしたいと思っています。アフターケアをするというより、思いを馳せる、想像すると言ったほうがいいですね。想像しなければ、表面的な面白さを有するもの以外を評価できなくなってしまいます。するしないは自由で、そこに本来の優劣などないですが、想像があってこその読書だと思います。これも読書に限らず、現実でもそうですが・・・。こと読書の話ですのでご愛嬌。


何の本にせよ、読んでいる最中の楽しさと同じくらい、その後になにをするかが大切であると思っています。