永遠の夏休みを手に入れた僕たちは



スポンサーリンク

夏休みが永遠に続けばいいのに・・・。


子どもの頃、夏休みの終わりを惜しんでこのような念を抱いた方は多いんじゃないでしょうか。学校は程よく楽しいものでしたが、宿題はあれど好きなことをし放題な夏休みは子どもたちにとって格別の価値があると思います。序盤に宿題を終わらして気兼ねなく遊ぶのも良し、コツコツと宿題をやりつつ毎日を楽しむのも良し、宿題を忘れて遊び倒して、最後の方になって泣きながら追い込みをかけるのも一興。また教育課程最後の年の夏休み、これが最後の夏休みかと一層の惜しみを抱いた方もいるかもしれません。


f:id:ikashiya:20160707004416j:plain


この夏休み、何も子どもにだけ価値のあるものではないでしょう。人によるとは思いますが、働きはじめてからも同等の夏休みが取れるとなると、結構な人がこれの享受を欲するかと思います。日々の仕事に追われて趣味に傾倒できていない、まとまった時間でやりたいことがある、単純に休息が欲しいなど、理由は様々あると思います。たとえ好きな仕事をしていてもです。それに宿題もありません。給料面の心配を除けば、とても魅力的だと思います。


僕は現在、非正規雇用で働いており、月に半分も勤務していません。仕事も趣味の延長戦で、いわば毎日が夏休みです。勿論宿題はありませんから、「やらなければならないことは何もない、やりたいことは果てしなくある」という現状です。収入は多くありませんが、夏休み真っ最中の心持ちから、精神的に豪奢な生活を送っています。終わり見えない夏休みに対して、「終わりがあるから良いのだ」という論もあるかもしれませんが、日々は変化に富んでいますし、この世界は一生かけてもこれっぽちも堪能しきれないほど楽しいことに溢れていますから、終わりの見えない夏休みに虚無感を得るかというとそうではありません。これは個人の価値観に準ずることですが、僕は幸せの追求に果てはないと思っているので、能動的に動いて、いつまでも楽しめると確信しています。


f:id:ikashiya:20160707004452j:plain


夏休みの実現は、非正規雇用だからこそできることのように思えますが、非正規雇用に限らないと思います。時間にお金をかけるという感覚で、現状を打開してみるのも一つの方法だと思います。


www.ikashiya.com


でもまずは、逆説的にこちらも夏休みだという感覚を持ってみるのはどうでしょう。今日は休み、朝起きて、「よーし、バイト行くか」つって会社行って、無理がありますかね(笑)。しかしながら仕事の日と休みの日を分けて考えている現状では、やりたいことをやるという頭になりにくいと思うのです。週の大半が仕事で、仕事の疲れを癒やすための休日。仕事にかこつけて、仕事だからといって、他のことをやることに頭が回りにくくなっていると思うのです。明日も仕事だ、あと何日仕事をすれば休日だと思っていると、明日は何しようという感覚になりにくいと思うのです。ずっと夏休みだという感覚で日々を過ごすと、もうわくわくが止まりません。


好きな仕事をしている場合はいいのですが、どうやら見渡す限りそうでないみたいです。そもそもお金のためだけの仕事は悪だという僕の価値観が前提になっているのですし、長時間労働の方は夏休みだという心持ちになったところで一日仕事で終わるので、適用されないわけですが。


www.ikashiya.com


そろそろ着地しようと思いますが、夏休みに価値を見出している人が多いにも関わらず、なぜほとんどの人が実現しないのだろうと思って、筆を執った次第です。実現しようと思えば、実現できると思うのです。非正規雇用が何を偉そうにという感じですが、永遠の夏休みを手に入れた僕たちは、日々自由研究をして生きています。夏休みという精神的に豪奢な状態に、身をおいてみてはどうでしょう。まずはまとまった休みから。さあ明日は何をしよう。