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気がつくと「お金のため」に働いていなかった

仕事

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最近、「お金をもらって働いているんだから」だとか「お金を稼ぎに来ているんだから」とか「給料に見合う、見合わない」なんて文言を職場で耳にして、「ああ、僕はお金のために働いていないんだ」と再確認することがありました。 


子供の頃は働くのはお金のためだと思っていました。学校では「どうして働くのか」について考えてみようなんて授業があって、単にお金のためじゃなくて、家族のためだとか趣味を楽しむためだとか、そういう風に教師はまとめていた記憶があります。でも家族のためだとしても、趣味のためだとしても、結局はお金を介しているじゃないか、と思っていました。本当に好きなことを仕事にしている人、仕事にできる人は少数だと子供心に知っていましたし、生活するにはどうしてもお金が必要です。


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自分で学べると思い大学を辞めて、生きたいように生きようと上京し、そんな僕も働き始めて1、2ヶ月はお金のために働いていました。好きなことを仕事にしてはいましたが、それまでに貯めていた貯金は使わないと決めていたので、貯金ゼロからのスタートでした。仕事は楽しかったですが、生活のためという感覚があり、子供の頃の「働く」というニュアンスに添っていたと思います。


しかし数ヶ月が経ち、だんだんとこの感覚が薄れてきました。気がつくと僕はもう「お金のため」に働いていませんでした。いや、働くという響きにさえ、違和感を覚えます。今や仕事とプライベートの区別さえ、あまりありません。給料日は意識しませんし、給料明細も見ません。これはこれで問題な気はしますが(笑)。我慢せずに買いたいものは買っていますが、酒もタバコも興味ないので、貯金は勝手に貯まっていきます。買いたいものったって良い食材とオタク趣味のものと本くらいですが。月の半分も仕事してないので収入は多くありませんが、不自由なく、逆に精神的に豪奢な暮らしをしています。この様相が社会人としての向上心の欠如と捉えられるのでしょう(笑)。


www.ikashiya.com


子供の頃はあまり想像できなかった、難しいと思っていた「お金のため」じゃない働き方。自分がその境遇に身を置くことができたことは、前述の一握りである「本当に好きなことを仕事にしている人、仕事にできる人」になれたことを意味すると思います。しかしここでも子供の頃と認識が違うのは、この境遇に少数の人がアトランダムに(観測上)身を置くことができるのではなく、身を置こうと思えば置けるということです。しかしほとんどの人がその選択をしない、もしくは選択肢として考慮しないことに驚きました。


好きなことを仕事にできたからといって、収入が安定するわけではありません。むしろ「お金のため」に働くほうが安定し、平均的には収入が多いかもしれません。僕の価値観ではお金のために働くよりも、好きなことをして幸運にもお金を貰えているほうが良いので、これまでのような書き方になりましたが、お金のために働くのは決して悪いことじゃないと思います。家族を養う場合はリスクが少ないですし、お金のかかる趣味の場合はその分頑張り甲斐があるってもんです。なんのために働くかは、自分は何を中心に据えて生きているのかを考えて決めればよいと思います。


しかしながら、盲目的にお金のために働いている人、それ以外の選択肢を考慮していない人が多いような印象があります。自分はとても社会的ではないので、実態は違うやもしれませんが。あなたは何のために仕事をしていますか?自分の人生の中心に沿うような働き方をしていますか?