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「5分で覚える人」と「徹夜してもダメな人」の違いは自動アウトプットにある

教育 考え事

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こんな記事を読んだ。


president.jp


「5分で覚える人」と「徹夜してもダメな人」の違いはどこ?と題し、ビジネスに生かせる勉強法について記してある。詳しくは上の記事を読んでもらいたいが、要約するとこうだ。「覚えられない理由は、頭の回転ではなく、やり方にある。短時間の覚える作業を日を置いて繰り返したり、覚える情報を個人的な体験と関連付けて覚えると良い。」という旨である。


これに対し、はてなブックマークでは、「もともとできる人のできる方法は参考にならない」や「脳みそのスペックが違う」という旨のコメントが寄せられている。確かに、具体的な方法が書かれておらず(連載まで目を通すと7回読み勉強法について書かれているが、構造まで読み解いていない)、参考にしづらい記事ではあるが、「記憶に際してやり方が重要」という内容は的を射ているので、僕なりに構造を言語化してみようと思う。あらかじめ断っておきたいのは、今回記す内容は1つの側面にすぎず、記憶の方法は人によって様々だということ。だが多くの人が知らず知らずにやっていることだと考えているゆえ、少し記してみようと思った次第である。


「5分で覚える人」と「徹夜してもダメな人」の違い


上記の記事にならうと、「5分で覚える人」と「徹夜してもダメな人」の違いは、「勉強のやり方」である。やり方の例として、「短時間の覚える作業を日を置いて繰り返す」、「覚える情報を個人的な体験と関連付けて覚える」が挙げられている。


「短時間の覚える作業を日を置いて繰り返す」は、忘却曲線と直結する。忘却曲線とは、中期記憶または長期記憶の忘却を表す曲線で、記憶の直後に多くが忘却され、その後緩やかに忘却していくことが表されてる。忘却には再認可能忘却と完全忘却があり、再認可能忘却状態のうちに復習を繰り返すことで、効果的に記憶が定着していく。詳しくは「忘却曲線」で検索してもらいたい。


「5分で覚える人」は、忘却曲線が考慮された効果的なタイミングで、覚える作業を繰り返しているのである。おそらく多くの人が、ここまでは得心がいったであろう。では「短時間」と「関連付けて」の部分はどうか。「短時間の覚える作業を日を置いて繰り返す」と「覚える情報を個人的な体験と関連付けて覚える」を合わせて考えてみる。


インプットした情報を「ものにする」には、アウトプットが重要であることは周知の事実である。これを踏まえて「覚える情報を個人的な体験と関連付けて覚える」を読む。この状況を、一連のインプットだと捉えがちだが、「個人的な体験と関連付けて」は、紛れもないアウトプットだと気付くことが出来る。おそらく当人はアウトプットだと思っていないだろう。つまり「5分で覚える人」は、知らず知らずのうちに「ものにする」ためのアウトプットを行っているのである。それも忘却がはじまる作業直後の、復習にベストなタイミングで。以下、便宜上これを自動アウトプットと呼ぶことにする。


関連付けの構造(の一面)に触れたところで、いよいよ相関がある「短時間」について、2方向から構造を考えてみる。


まず「徹夜してもダメな人」はどこに問題があるか、上記の忘却曲線・自動アウトプットから、一目瞭然である。何時間も勉強して覚えようとすると、勉強し終わった頃にはすでに、大部分が効果的な復習・アウトプットのタイミングを逃しているのである。そして何時間も勉強した人の多くが、すぐに復習・アウトプットをせずに、勉強しっぱなしで置いておく。つまり、勉強した内容の全てが、ほどよい再認可能忘却状態を過ぎてしまっているのである。ベストな復習・アウトプットのタイミングに、別の情報をインプットしているのである。


次に「短時間」の、前記からもう自明であろうメリットを考えてみる。インプットする情報を短時間で区切ると、それぞれの情報の、効果的な復習・アウトプットのタイミングを逃すことなく、高い定着率を保つことができる。


ただし先ほど述べた通り、「5分で覚える人」の多くは無意識で行っていることである。だからこそ自動アウトプットなのだ。では個人の体験などへの関連付け以外に、自動アウトプットはどのようになされているのか。考えてみれば、この世は「関連付けの機会」に満ちている。具体的でなくても良いのだ。インプットした情報を頭の片隅に置いて、漫画を読んで、竹を見て、「あ、フィラメントだ」とほんの少し思うだけでいいのである。短時間で扱えるだけの情報をインプットし、効果的なタイミングで自動アウトプット。この途方もない積み重ねが、違いを生むのである。「関連付けの機会」とはすなわち「アウトプットの機会」であり、どれだけアウトプットの機会をものにできるかが明暗を分ける。


ゆえに実は、「短時間」のメリットは2層構造になっている。この世は関連付けの機会、つまりアウトプットの機会に満ちていると述べた。短時間で扱えるだけの情報をインプットすること、情報を短時間で区切ることは、アウトプットの機会にマッチングする上で大変重要なのだ。一度にインプットする情報を増やしてみると分かりやすい。それぞれに相関があるA・B・Cという情報を、短時間で区切らずにインプットしたとする。A・B・Cを区切ってインプットした場合は、それぞれに合致するアウトプットの機会とスムーズにマッチングすることができるが、A・B・Cの相関を考慮して、一連の情報として扱ってしまうと、マッチング条件の難易度が上がり、アウトプットの機会が減ってしまう。例えば、「目の大きい人」または「髪の長い人」はたくさんいるが、「目が大きくて髪の長い人」となると、著しく数が減る、ということである。それぞれの情報に相関があるとしても、一度は個別にインプットして定着させ、それらを構築していくことによって、体系化するのが望ましい。


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「徹夜してもダメな人」はどうすれば良いか


「短時間の覚える作業を日を置いて繰り返す」、「覚える情報を個人的な体験と関連付けて覚える」を例にとって、自動アウトプットの構造の一部を記してきた。だが自動アウトプットは「5分で覚える人」の特徴でしかなく、コメントに多かった「徹夜してもダメな人」はどうすれば良いか、は払拭されていない。具体的にどうすれば良いか。


答えはシンプルで、「自動で出来ないのであれば、手動でしよう」である。はじめのうちは、だ。つまり短時間で扱えるだけの情報をインプットし、覚える作業は区切り、効果的なタイミングで復習・アウトプットを繰り返し、より多くの記憶が定着するように努めるのだ。タイミングは完璧に合致しなくても良い。忘却曲線における効果的な復習のタイミングには諸説あるからだ。忘却曲線で検索して、いくつかを参照して「それらしい」タイミングですればよい。無意識に最高のタイミングをつかむセンスが、出来る人を出来る人たらしめており、それを「あの人は頭の作りが違う」と、自分と切り離して考えるのも然りだが、だからといって「やらない」は最悪の選択である。


そして復習・アウトプットは繰り返すことだ。定着率もさることながら、全体の理解度の進捗によって、先ほどの図でいう子情報の見え方も違ってくる。子情報の見え方が違ってくると、親情報が鮮明に見えてくる。行き着く先は体系化である。期末テストのような狭い範囲でも、全体だと考えて良い。子情報をしっかりと理解することで、相関によって一連のセクションが生まれ、親情報を鳥瞰するがごとく構成すれば、テスト範囲内での体系化につながる。こうなってしまえば、向かうところ敵なしである。


15分勉強して、休憩する。インプットした情報は頭の片隅に置きつつ、漫画でも読めば良い。そして1日以内に、本格的な復習・アウトプットをする(人によっては必要なし)。15分の勉強に対して、復習は1~5分で良い。記憶を少し寝かして、また復習・アウトプットする。こうすることで、どんどん定着していくし、いくつかの作業を平行してやっていくことで、互いの情報に関する理解も深まっていく。イメージは、電気回路における直列接続ではなく、並列接続である。


授業の受け方について


学生に向けて助言をするなら、上記の事柄は授業からはじめたほうが良い。教科にもよるが、学校の授業は10分で理解できることを50分かけて説明している。だったら授業は無駄だらけじゃないかという意見もあるが、初見の情報について理解を促す際に、情報を希釈するのは有効な方法である。しかし、希釈の仕方を教師に倣う必要はないのである。10分で理解できることを、50分かけてやってくれるのであれば、余剰の40分をこちらに都合の良い形で活用すればよいのだ。


まず授業がはじまってやることは、授業範囲の読み進めである。これは予習しても良いが、わざわざ授業以外で勉強したくないよという気持ち、とてもわかる(笑)。だから先にどのような内容を学習するのか、十分に理解可能かを、はじめに確認する。これは学校の授業以外でも有用で、何かを勉強する際には、1ページ目からまじまじと学習するのではなく、まずはこれから何を学習するのか、各単元で何を学習目的としているのか、全体の構成を把握すると良い。内容を読み進めたら、わからないところをピックアップする。授業はそこだけ注力して聞けば良いのである。あとの時間は、情報を区切るために、力を抜いて過ごす。新たにインプットした情報に関しては、先ほどの方法論に倣って、途中で復習・アウトプットする。


もうお分かりかと思うが、効果的に復習・アウトプットするには、授業は長すぎるのである。だから自分で区切って、工夫して授業を受けるのが良い。眠ければ眠れば良い。避けるべきは「まずい状態で授業をだらだたと受けること」である。もちろん平常点など体裁はあるだろうが、同じように授業を受けているようでも、出来る人は違う受け方をしている。


読んで覚えるタイプと書いて覚えるタイプ


記憶に際して、読んで覚えるタイプ書いて覚えるタイプがいると、まことしやかに流布されている(視覚タイプ、聴覚タイプなどで分ける場合もあるが、能動的な学習に適している「読む」と「書く」に焦点を絞るとする)。両タイプが存在することは確かだが、どちらのタイプが「得」かというと、読んで覚えるタイプである。自分が書いて覚えるタイプだと思っているならば、早い段階で読んで覚えるタイプへのシフトを試みることを勧める。


「読む」と「書く」では、同量の学習に対して、必要な時間にかなりのひらきがある。1回書くあいだに、3回は読める。上記の「短時間・繰り返す」のキーワードにより合致しやすいのは、「読む」の方である。もちろん、書くのが悪いわけではない。例えば英単語や漢字の書きは、書いたほうが効果的に覚えられる(より細かい話をすると、コンポーネントとしての習慣化、その前段階としてのツールの取得など、単なる書き出しとは違う構造になっているからである)。ただしアウトプットの機会になっていない「書き写し」は絶対に避けるべきであるし、習得にかかる時間も考慮すべきである。書く学習自体に楽しさを見出している場合を除いて、習得に時間がかかるのは大きなデメリットだ。書く学習を続けると、いずれ時間が足りなくなってくる。覚える作業に手一杯で、それを足がかりとした他の作業に手がまわらないことが考えられる。そして多くの場合、覚えることではなく、覚えたことをどう使うかが重要となる。限られた時間の中で、覚えることに多く時間を割くのが得策でないのは自明だろう。


それでもいきなり読んで覚えるのは難しいだろう。まずは「書く」ではなく「発信」にすることを勧める。ブログでもツイッターでもいい。覚えたことを自分で整理し、自分の言葉で発信するのだ。「今日覚えたこと」と題して、発信するだけで良い。なぜ単に書くより「発信」にするのが良いかというと、「発信」する前提で覚える作業をすると、「どういう風に発信しよう」と、考えながら作業に取り組めるからだ。これは紛れもない、自動アウトプットの芽生えである。「書くより発信」は、このような構造ゆえ、有効性があるのである。


さいごに


自動アウトプットに焦点を合わせて、「5分で覚える人」と「徹夜してもダメな人」の違いを、僕なりに記してみた。言及先の記事で、山口真由さんが「脳にとって楽なやり方」と表現している、感覚的なところの構造を考えてみた。いくら考察しようと、「5分で覚える人」にとっては感覚的なところでしかなく、一面しか表せないのは冒頭で述べた通りだ。その中でも分かりやすい部分を切り取り、記したつもりだ。上手く伝わっていれば幸いに思う。


ポイントは、情報を区切ること。短時間で扱えるだけの情報をインプットすること。アウトプットの機会を意識すること。インプット後は早いうちに復習・アウトプットを行い、タイミングを逃さないこと。復習・アウトプットは繰り返すこと。子情報の相関を考え、親情報の構成を考えること。こうすることで、単純に覚えやすくなるだけでなく、記憶を「ものにする」ことができる。何時間勉強しても身につかない、全然覚えられないという方は、是非一度試していだだきたい。一番重要なのは、「参考にならない」と決めつけるのではなく、行動することである。